冷却型としては超低消費電力なマイクロ波増幅器の実証に成功
~電波望遠鏡の受信機から量子コンピュータへの応用に向けて

概要

国立天文台の小嶋崇文准教授らの研究チームは、これまで電波天文観測用に利用されてきた電磁波検出素子を増幅素子として用いる新しい概念の超伝導マイクロ波増幅器を考案し、従来の冷却型半導体増幅器より消費電力が3桁以上低い高性能な冷却型増幅器の実証に成功しました。この結果は、多数の低雑音マイクロ波増幅器を必要とする大規模な多素子電波観測装置(電波カメラ)や、誤り耐性型量子コンピュータの実現に貢献することが期待されます。

背景:電波望遠鏡受信機と量子コンピュータ

多くの電波望遠鏡では、さまざまな天体から届く電波をパラボラアンテナで集め、超伝導技術を用いた受信機で受信し、その信号を解析することで天体の様々な情報を引き出します。この受信機の心臓部には、超伝導体で絶縁体をサンドイッチした構造を持つ「SISミキサ(注1)」が使われています。超伝導状態を利用するSISミキサを動作させるためには、絶対温度4 K(-269 ℃)まで冷却する必要があります。SISミキサから出力された信号は、同じく4 K環境に設置された半導体増幅器で増幅したのちに読み出されます。宇宙からの信号はきわめて微弱であるため、増幅の利得が大きいことと、増幅の際に余計なノイズが混入しないことが高性能な増幅器の条件となります。

SISミキサと増幅器をカメラの撮像素子のように2次元的に配置し、観測効率を劇的に向上させる超伝導電波撮像装置(電波カメラ)の開発も行われています(注2)。一方、冷却型半導体増幅器の典型的な消費電力は10 mW程度であり、およそ100台(100画素)で汎用の4 K冷凍機の冷却能力の上限に達してしまいます。このため、より多くの素子を持つ大規模な観測装置を開発するためには、増幅器の省電力化が重要なポイントになります。

また、いくつもの国や企業が開発にしのぎを削る超伝導量子コンピュータにおいても、同様の半導体増幅器を用います。量子ビットの状態を読み出すためには、ノイズが極めて少ないマイクロ波増幅器で増幅する必要があるのです。現時点で実現している量子コンピュータは量子ビットが100個程度という小規模なものですが、より大規模で誤り耐性を持つ汎用量子コンピュータでは100万個以上の量子ビットが必要となります。多数の量子ビットを扱うためには増幅器も多く搭載する必要があり、こちらでも増幅器の劇的な省電力化が必要となっていました。

研究内容と成果

国立天文台先端技術センター小嶋崇文准教授らの研究チームは、ふたつのSISミキサを縦続につないで増幅素子とするまったく新しい概念の超伝導マイクロ波増幅器(SISアンプ)を考案しました。これは、電波望遠鏡の受信機に使用されるSISミキサが、周波数変換と増幅のふたつの機能を併せ持つことを利用したものです。

図1. (上)SISミキサの動作。局部発信器で作られた局部信号(周波数 f0 GHz)をSISミキサに入力し、周波数 f GHzの信号(f0 > f)を入力すると、差の周波数(f0-f GHz)を持つ増幅された信号が出力される(注3)。(下)ふたつのSISミキサを縦続につないだSISアンプの模式図。ふたつのSISミキサに同じ周波数87.5 GHzの局部信号を入力することで、入力信号と出力信号の周波数は変わらず(5 GHz)、増幅だけがなされる。

図2. 今回開発されたSISアンプ。左右両端にふたつある立方体がSISミキサ。

研究チームは、2018年にはSISアンプがマイクロ波の増幅効果を示す予備的な結果を得ていましたが、動作条件の理論的な解釈や構成の最適化が十分でなく、原理の実証にとどまっていました。今回研究チームは、SISアンプの装置構成を再検討した他、SISアンプに入力する局部信号の条件などを最適化しました。特に局部信号の位相がSISアンプの性能に大きな影響を及ぼすことを理論的に見出し、局部信号発信系に位相を整える装置を導入することで、性能を最適化することに成功しました。開発されたSISアンプは、雑音温度10 K程度を達成し、周波数5 GHz以下の入力信号に対して5~8 dB(3~6倍)の増幅利得を実現しました。また、SISミキサ単体の消費電力は一般的にマイクロワット級であることから、従来の半導体増幅器に比べて消費電力が3桁以上小さい増幅器が実現したことになります。

図3. 今回開発したSISアンプの性能測定結果。およそ5 GHz以下の周波数において、雑音温度が約20 K以下、増幅の利得が5~8 dBとなっていることがわかる。

今後の展望 

今回開発されたSISアンプは、トランジスタのようにひとつの増幅素子としてとらえることができます。現在使用されている冷却低雑音半導体増幅器(HEMT、HBT)と比較すると、今回開発したSISアンプは消費電力が3桁小さいうえに同等の性能(ノイズ、利得、周波数帯域)を有しています。 

小嶋准教授は、「ふたつのSISミキサのうち後段の回路の設計と作製方法を工夫することで、さらなる性能向上が期待できます。また、超伝導回路を小型化・集積化する研究を進めることで、多画素の電波カメラや大規模量子コンピュータなどの実現に有望だと考えています」と語っています。 

さらに、ふたつのSISミキサを用いた2周波コンバータのコンセプトは、ジャイレータ、サーキュレータ、アイソレータなどのさまざまな機能を持った電子部品に応用が可能であり、従来のフェライト磁性体を使わないマイクロ波非相反回路にも応用可能です。電波望遠鏡に搭載される大規模な受信機や量子コンピュータの大規模システム構築においては、さまざまな回路の小型化が課題となっていますが、SISミキサを応用したアンプ等の電子部品は、その解決に資する可能性を持っています。 

参考:国立天文台における超伝導受信機開発 

国立天文台では、1982年に開所した国立天文台野辺山宇宙電波観測所45m電波望遠鏡を始め、いくつもの電波望遠鏡に搭載する超伝導受信機の開発を行ってきた経験があります。また現在も、東アジア・欧州・北米が協力してチリ共和国にて運用しているアルマ望遠鏡の性能向上のために、超伝導受信機の高度化のための研究を進めています。現在アルマ望遠鏡に搭載されている10種類(10の周波数帯に対応)の受信機のうち、3種類は国立天文台が開発したものであり、それらの心臓部であるSIS素子も国立天文台三鷹キャンパス(東京都三鷹市)内の先端技術センタークリーンルームで開発・量産されたものです。先端技術センターでは、より高性能な電波望遠鏡の実現のためだけでなく、量子コンピュータなど新しい時代の社会を支えるさまざまな技術の基盤となる可能性も見据えて、超伝導回路の小型化・集積化のための研究を推進していきます。 

注1:SISミキサの心臓部であるSIS素子が、超伝導体 (Superconductor) ―絶縁体(Insulator)―超伝導体(Superconductor)という構造のため、頭文字を取ってSISと呼びます。SISミキサは、ミリ波・サブミリ波(テラヘルツ波)といった高い周波数(数十GHz~1 THz)領域において理論限界に迫る検出感度を持つため、多くの電波望遠鏡にSISミキサを搭載した受信機が設置されています。 

注2: 電波望遠鏡の受信機は、多くの場合1画素しか持っておらず、一度に空の1点しか観測できません。一方で観測効率を上げるため、多画素を持つ受信機も開発されてきました。例えば、国立天文台野辺山宇宙電波観測所45m電波望遠鏡のために開発されたBEARS受信機は25画素、アメリカのグリーンバンク望遠鏡に搭載されているArgus受信機は16画素です。一度に広い範囲を観測することが可能であるため、空の広い範囲に広がる星間ガスや銀河の観測に大きな威力を発揮します。 

注3:SISミキサでは、入力信号と局部信号の周波数の和(f0+f GHz)と差(f0-f GHz)の周波数を持つふたつの信号が出力されます。片方の信号だけを取り出すには、もう片方の周波数の信号を取り除くフィルタなどを用いることがあります。図2では、簡単のために差の周波数を持つ出力のみ示しています。

論文情報 

この研究成果は、T. Kojima, S. Masui, W. Shan, and Y. Uzawa “Characterization of a Low-noise Superconductor-Insulator-Superconductor-based Microwave Amplifier with Local Oscillator Phase-adjusting Architecture”として、米国物理学協会の論文誌「アプライド・フィジクス・レターズ」に2023年2月14日に掲載されました。 

Applied Physics Letters 122, 072601 (2023); doi: 10.1063/5.0134595 

この研究は、科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」(Grant No. JPMJMS2067)、日本学術振興会科学研究費補助金(Grant Nos. JP18H03881, JP19H02205, and JP22H04955)の支援を受けて行われました。 

関連リンク

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